旅どう。アーカイブス -2003年北海道-

2008年6月27日 (金)

2003年北海道の旅。-5日目その1-

自己満足の『旅どう。アーカイブス』、8回目の更新です。

これは2003年、僕がカプチーノを手に入れて、初めて自分のクルマで北海道を一週間旅した記録です。オープンカーで北海道を、思う存分ひた走る! その夢をかなえた瞬間です(笑)。総走行距離は、3,000kmを越えました。

不定期更新ですので、記事の間隔が空いています。もし読んで頂ける方は左の「カテゴリー」から『旅どう。アーカイブス-2003年北海道-』をクリックして頂くと読みやすいです。


1日目はコチラ。2日目その1はコチラ。その2はコチラ。3日目その1はコチラ。3日目その2はコチラ。4日目その1はコチラ。4日目その2はコチラ

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寒さで目が覚めた。トレーナー、フリース、ジャケットとかなり着込んで完全防備を整えた上で寝袋に潜り込んでいたのだが、そんなもの、殆ど効果がないくらいに寒さが全身にしみ込んでいる。

ここは、中川町の中川町森林公園。ツーリングマップルにも紹介されている、無料で泊まれる高床式のログハウスがあるのだ。昨日泊まった富良野ユースで出会った「結果的に日本一周」している北海道一周の九州男児ライダーから、ここの事を聞いたのである。ユースには泊まりたいが場所が悪い。とはいっても、他に宿の情報も知らない。キャンプ道具はあるが寒さがなぁ・・・・・・。とアタマを抱えていた時だ。

「この間泊まったログハウスはぁ、かぁなりよぐあったですよ」

「ログハウスですか?」

「えぇ。そこのぉ、掃除のオバサンと仲良くなりましてねぇ、トウキビをぉ、御馳走してもらったとですよ」(※方言はかなりテキトーです)

「でもログハウスって、お金取られるでしょう?」

「いんやぁ、そこんこつログハウスはぁ、タダでしたとですよ」

「タダ?」

「んです。ツーリングマップルにも載っとるとですよ」

ログハウスか・・・・・・。キャンプといえば、テントを張るという事しかアタマになかった僕にとって、その考えはとても新鮮なものだった。雨風はしのげるだろうし、朝露も防げて、少しは暖かく過ごせるだろう。しかもそれがタダで利用できる。かつ、場所は宗谷岬から約80キロと手頃な距離。いうことはないではないか。

「よし、そのアイデア、いただきます」

ーーそれが、中川町森林公園の高床式ログハウスだった。


到着した時間は午後五時頃。既に辺りは暗くなりかけていた。戸を開けて中に入ると案外広い。15畳位だろうか。その三分の一が高くなっていて、畳が敷かれている。窓を開けると、町を見下ろす高台の公園に、さらに高床式のログハウス。見晴らし的に文句は無いが、生憎窓はガラスではなく板であったので、閉めておくしかない。寒さの事もあるが、こんなに気温が低いにも関わらず、明かりをつけているとかなり虫が入ってくるのだ。

Nakagawa






コレがウワサのログハウス。
夜は寂しい・・・・・・。



時間的に、もう人は来ないだろうと思われるが用心に越したことはない。とりあえず寝袋と銀マットで存在感を示しつつ、夕食の買い出しに行くことにした。一応バーナーは持っているので、お湯くらいは沸かせる。飯を炊くことも考えたが、後始末が面倒になりそうだったのでNG。昨日ホクレンでもらったタマゴをいくつか茹でておけば良かったと、ここにきて後悔する。

町中にあったスーパーで、肉の大和煮の缶詰とパン、それに飲み物を購入。その後、夜を共にする雑誌(ヘンなモノではない 爆)を求めてセイコーマートへ。考えてみると、北海道に来て初のコンビニ買い物なのであった。とはいっても、実はログハウスが見つからず、一度このセイコマで道を尋ねたのであるが(汗 それだけに、妙に気恥ずかしいモノがあるのであった。

何食わぬ顔をして雑誌をレジに持っていくと、さっき道を訊いたオネーチャンが、

「場所、わかりました?」

と声をかけてきて、内心激しく動揺。とたんに、あ、はい、わかりました。どうもすいませんねぇハハハハ。などといったフニャフニャオトコになってしまった。

「そうですか。踏切渡って、温泉のそばだったでしょう?」

オネーチャンは続ける。ワタクシは思わず聞き返した。

「え? 温泉があるんですか?」

聞くと、中川町には「ぽんぴら温泉」という温泉がでているのだという。そういえば、途中でやたらと近代的な建物があった。というわけで、そのまま温泉に直行である。山中に似つかわしくない、ホテルのような(実際にホテルでもあるのだという)建物の中に、その温泉はある。入浴料は400円。設備を考えれば安いものである。あまりに近代的で清潔すぎて風情はないが、そこまで贅沢はいえまい。


ログハウスに戻ると、そこは出た時そのままだった。湯を沸かし、残っていたカップラーメンをすする。今夜はそれと缶詰とパン。パンは朝メシの為に半分残しておく。ラーメンを食べれば暖かくなると思ったがそんな事はなく、始めは暖かいと感じたログハウスの中もさすがに冷えてきた。

アッという間に侘びしい食事は終了。あまりに身も心も寒々しいので、ペットボトルのお茶を温めて飲むことにする。携帯ラジオを付けるとプロ野球をやっているようだが、電波が悪く音が大きくなったり小さくなったり。あちこちにチャンネルを合わせていると、ロシア語らしき言葉が流れてきた。

おお、いかにも北海道らしいではないか、と思ってしばらくそのままにしていたが、妙に広い空間で孤独にロシア語を聞いていると、何故だか気味が悪くなってきて、結局ラジオも消してしまった。


結論。さっさと寝ろって事。


しかし、である。このログハウスはあくまで公共のものであるので、入り口にカギなどかからない。しかも窓は木の板、外の様子は全く分からないのである。つまり、夜中に誰かが入って来ることもある、という事だ。テントであればある意味自分だけの空間である為、こんな心配をする事もないだろうが。

入ってくるのが旅行者である事も考えると、ドアの前にモノを置いておくのも気が引ける。仕方なく、そのまま無防備の状態で寝ることにした。電気を消し、寝袋にくるまる。銀マットを敷いているものの、空気の冷たさがじわじわと染み入ってくるような気がする。何度か寝返りを繰り返し、ようやく暗闇にも目が慣れた時、

ミシッ・・・・・・。


!?


思わず上半身を起こす。間違いなく、今のは木が軋む音だった。誰かが階段を上ってきているのか? しかし、ドアが開く様子はない。音もそれきりだ。

再び、寝袋の中へ。冷えてしまった空気がまた暖まりかけた時。

ギシッ・・・・・・!

うおぉ!! ヘタレと言われようがなんだろうが、正直言ってコワイ! 

だが、やはり誰も来るような様子はない。


それからは起きあがる事はなくなったものの、軋み音がする度にギクッとして眼を開ける事が続き、まともに寝ることができなかった。早く夜が明けろと思いながらも、時計はジリジリとして進んでいかない。それでもなんとか眠りに落ち、目が覚めて時計が5時半を指していた時には正直ホッとした。


ーーというわけで、ハナシは始めに戻るのである。窓の板を開けると、山に霧がかかっているが、天気は良さそうだ。ログハウスの屋根からは、夜露がしたたり落ちている。これが、昨日の軋み音の原因だったのだろう。お茶を暖め、パンを流し込む。

起きたのは五時半だったのだが、気が付くと出発は七時近くになってしまった。今日の予定は、いよいよ日本最北端の宗谷岬へ突入! である。

夜露でズブ濡れのカプチを走らせ、国道40号から道道551号を経由し、日本海沿いの道、道道106号に抜ける。ここからは右にサロベツ原野、左に日本海を見ながら一路宗谷岬を目指す。電柱もガードレールも無い、原野の中の一本道。


Teuri





携帯画像シリーズ。日本海&天売島。


しかしこのまま一直線に向かうのも味気ないので、サロベツ原野のビジターセンターを目指す事にした。もっとも時間的に施設はまだ閉まっているだろうが、原野を散策する木道くらいは開いているだろうと踏んだのである。


道道972号に曲がり、ビジターセンターに到着すると、予想通り建物は閉まっていた。ここは二階の展望台からサロベツ原野を眺望する事ができるのだが、今回は断念。代わりに木道で長沼までを散策する。サロベツ原野とはなんぞや、というとつまりは湿原である。湿原とはどんなものであるのか、アタマでは分かっていたのだが実際に意識して眼にするのはこれが初めてかもしれなかった。触れてみると、確かに湿っていて弾力がある。目の前に広がる緑の大地と、青い空。僕の他に誰もおらず、聞こえてくるのは鳥の声、風の音。

Naganuma




長沼へと続く、木道を進む。気分爽快!
(当時の携帯画像なので、解像度悪いです)




何時間いても飽きないだろうと思ったが、今日もかなりの距離を移動しなくてはならない。それに、何より朝飯がまだなのだ!(爆)


センターに戻り、屋根を開ける。この瞬間、また新たな気持ちになる。ジャケットを着込み、手袋をはめる。帽子を被り、オープンスタイルは完了。

まずは朝飯のウニ丼を食べに稚内、野寒布岬へ向けて出発だ!

To Be Continued...... (5日目その2へ)

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2008年5月23日 (金)

2003年北海道の旅。-4日目その2-

自己満足の『旅どう。アーカイブス』、7回目の更新です。

これは2003年、僕がカプチーノを手に入れて、初めて自分のクルマで北海道を一週間旅した記録です。オープンカーで北海道を、思う存分ひた走る! その夢をかなえた瞬間です(笑)。総走行距離は、3,000kmを越えました。

不定期更新ですので、記事の間隔が空いています。もし読んで頂ける方は左の「カテゴリー」から『旅どう。アーカイブス-2003年北海道-』をクリックして頂くと読みやすいです。


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実はマイカプはオープン全開で止めてあったのだが(さすがにロック類は全てしてましたよ)、特にイタズラされる事もなく無事であった。この旅行の為にヤフオクで5000円(!)レーダーを購入していたのであるが、オープン停車時を考慮してダッシュボードに固定はせず助手席サンバイザーに挟み込んでいた。停車時はグローブボックスにしまおう、というハラであったのであるが、結局最後まで一度もしまわれることはなかった(爆)。

道道966号をずいっと下っていく。横には十勝岳の雄大な景色! 天気も良くてクルマも少なく、文句ない文句ない。峠を下り終えると、道はまた、川沿いを進む見通しのいい直線道路になる。対向車がかなり先から見えてくる。


Tokachidake Tokachidake2
十勝岳の雄大な景色を御覧あれ!


ところで、北海道で追い越しをかける時は、対向車が見えたらもう諦めた方がいい。お互いに相当なスピードで突っ込んできているから、思った以上に早くすれ違う事になるのだ。都会ではデイタイムのライトオン運動にはかなり非協力的なワタクシであったのだが、ここでは積極的にライトを付ける。ライトで互いの距離を測るのだ。これが結構有効な手段なのである。特にカプチは小さいから、少しでも目立たないとヘタをすれば命にかかわる(汗)。


時間が経つにつれて気温も上がり、オープンが非常に気持ち良し。だがダンプ等の大型車とすれ違う時には、注意をしないと帽子をふっ飛ばされそうになる。車体そのものもブワッと後方に引かれるような力を感じ、つくづくオソロシイ。なので、大型車とすれ違う時には右手でアタマを押さえ、左手でステアリングを押さえ込む、という考えようによってはかなりアブナイ走行なのであった(汗)。

966号線を突き当たりまでいったところが、美瑛町の中心街である。とりあえず、駅を目指す。というのは、美瑛といえば丘巡りである。CM撮影で使われた有名な樹や丘がいくつもあるのだ。だが、ワタクシの世代ではそんなCM見たこと無いのである(70年代がメインだから当然だ)。「ケンとメリーの樹」とか、「セブンスターの樹」とか、「マイルドセブンの丘」とかいわれたって、わかんねーよ!(逆ギレ)

でもまぁ有名らしいし、気持ちよさそうだから見に行くのだ(爆)。


しかし、ツーリングマップルでは正確な位置がよく分からない。そこで観光センターがあるという駅前に行って、ガイドを手に入れようというのである。美瑛の街中に入ると、何となく違和感を感じる。久しぶりに見る信号のせいかな、と思っていたが、どうも違うようだ。道幅がやたらと広いのは、札幌と同じ。しかし・・・・・・建物だ。建物が皆、低いのである。そして新しい。生活感がない。観光地化された別荘地と言ってしまったら言い過ぎだろうか。ビシッと区画整理をされた碁盤目の中に、同じようなカタチの背の低い、生活感のないメルヘン調の建物が並んでいるのは、自分にとってはある意味ブキミにも感じられた。これは、人によっても感覚が違うところではあろうが・・・・・・。背が低い分、空が広いのはいいのだが。

Bieista





美瑛駅。なんとなく、メルヘンチック?


観光センターでガイドをゲットしたら、次はいよいよジャンボトンカツである。正式名称「富川食堂」のトンカツ定食。ツーリングマップルで見る限り、駅前から伸びるメインストリートに面している・・・・・・ように見えるが、実は全然違う場所にあった(爆)。ガイドの裏に、美瑛のグルメマップが載っていたから助かった。これがなかったら、かなり見つけるのに苦労しただろう。件の「富川食堂」は、見た目は普通の民家であった。暖簾がかかっているので、辛うじてここが「食堂」であると分かる。

カプチは店の前に止め、中に入ると客は一人しかいない。時間は、もうお昼時でいい時間なのだが・・・・・・。その客もツーリストらしく、地図を眺めながらの食事であった。早速、トンカツ定食700円を注文する。メニュー上で特に「ジャンボ」とか、「ビッグ」とかを主張していない、その控えめなタイドが好ましい。

店は老夫婦二人でやっているようで、特にテレビもラジオもつける事なく、静かに時間が流れていく。そんな中で、ワタクシも「北海道新聞」などを広げて、第二次小泉内閣の組閣人事の記事などを眺めながら、眉を意味もなくキリリと引き締めてみたりするのである。

「はい、おまちどおさま〜」

と、おばさんが持ってきたトンカツ定食は、紛う方なく、ジャンボトンカツであった。御飯と味噌汁と漬け物が添えられた、典型的なトンカツ定食である。・・・・・・カツの大きさと、キャベツの量を除けば。

一般的に、カツが大きいと、キャベツの量も多くなる傾向があるようだ。しかし、ワタクシとしては一言言わせて頂きたい。オレは「ジャンボトンカツ」が食べたいのであって、「大量キャベツ」はお呼びではないのである。こう言うと、キャベツ愛好家の方々は言うだろう。

Toukatsu






これがジャンボトンカツだ!!!!


「キャベツにはですね、胸焼けを抑える効果があるんですよ。大阪とかの串カツ屋にいってごらんなさい。かならず、付け合わせにキャベツがあるでしょう。ちゃんと意味があるんですよ。スゴイですよね、先人の知恵ってのは。ねっねっね。だから、ジャンボなトンカツに対して大量のキャベツというのはですね、貴方の身体の事を心配したのであってね、それに文句をたれるというのは道義的に如何なるモノであろうかと思うのでありますね」

やかましい。

・・・・・・少々、取り乱してしまった。申し訳ない。

とにかくである。別に残してもいいじゃないか、と思う方もいるかもしれない。しかし、オレの中には「出されたモノは必ず平らげねばならない」という武士道精神(?)が、深く根付いている。だからこそ、小学校の給食も、6年間完食を貫き通したのだ。出されたキャベツは、平らげねばならない。

てなわけで、完食! 致しました。下らない事をつらつら書いてしまったが、とどのつまり言いたかったのは、超オススメって事。美瑛へきたなら「富川食堂」へ。


食後、まずは「ケンとメリーの樹」へと向かう。「ケンとメリー」というのは、昔の「スカイライン」(もちろんクルマのね)のCMに出演した役者の役名であって、「ケンとメリーのスカイライン」というのがキャッチコピーだったのだという。よって、そのCMに使われた樹が、「ケンとメリーの樹」というわけだ。


Ravenda






美瑛でやっと、ラベンダーに遭遇。


しかし、CMを見たことのないワタクシにとっては、そのような樹は刺身のツマに過ぎない。あくまで、このオープンドライブに相応しい風景と道を楽しむことが一番であった。気温は少し暑いくらいに上がり、風もなく、天気は快晴。少し季節は外れているが美しく広がるパッチワークの丘。全く、文句はないのである。「ケンとメリーの樹」「セブンスターの樹」とまわって、もう有名なところはいいかな、という気分になってしまった。後は目的地を目指しつつ、気持ちよくドライブできたらそれでよし。先はまだまだ長く、走りたい道は多い。

Kenmeri Kenmeri2
ケンとメリーの樹。見た記憶はありますか?


上着を脱いでカプチに乗り込み、美瑛を後にする。サラバ、富良野、美瑛。観光地とはいえ、「北海道」を感じさせる、気持ちのいいところだった。国道237号に出て、旭川を目指す。旭川といえばラーメンが有名であるが、今のジャンボトンカツで満たされた胃には、少々キビシイ。市内は混むであろうし、ギリギリのところで国道12号線に左折する。12号線は神居国道とも呼ばれ、ツーリングマップルには、「速度注意!」と書かれている。確かに道幅も広く街も近いので用心が必要な道路であろう。しかしこの時はかなり渋滞しており、全く警察の心配をする必要などないのであった(泣)

ジリジリと進んでいくと、横に「古潭祭り」の幟が立っている。そう。ここが「神居古潭」だったのである。渓谷で有名なところであり、名前は知っていたのだがどこにあるのかは知らなかった(爆)。幟の通りに今日はお祭りをやっているようで、そのおかげで混んでいたのである。フルオープンでジリジリと進んでいく中、遠目からジロジロと見られるのは正直こっぱずかしかった(汗)。


道央自動車道を横切り、北へ。国道275号に入る。街中を離れ、山へと入っていく。日向と日陰の温度差に震えながら、クルマのいない道をひた走る。途中、道の駅「森と湖の里ほろかない」で休憩を挟み、快調すぎるペースで国道275号から国道239号に。曲がる所は、やはり標識の真下だった(汗)。

国道239号は、今日のメインストリートと言っても過言ではない道。この道を走る事が、今日の目的だったようなものだ(笑)。山の中を進む、ワインディングロード。道幅は広く、また完成したばかりのように整備されていて、工事箇所もほとんどない。そして何より、交通量が殆どない! 本当に、クルマを走らす為にのみ存在しているような、そんな道なのだ。

国道239号に入ってすぐに一台のパジェロを追い越して以来、一台もいなかったクルマだが、走っていくと一台のバイクが前を走っている。まぁ、バイクなら追い越すにも大した苦労はないだろう・・・・・・。そう思いつつ近付いていくと、どこかで見たようなバイクとライダー。そう。例の横浜の大学生であったのだ。パッシングをすると気が付いたようで、お互いに手を挙げて挨拶する。フロントウインドウの上から手が出せるのもオープンならでは。これもまた良いではないか(笑)。しばらく後ろについてランデブー走行をした後、PAで休憩。

「一体なにかと思いました(笑)」

とは彼の言葉。しかしまぁ、昨日の時点である程度同じルートを通ることは知っていたとはいえ、2回も偶然に出会うとは。これは結構スゴいことではなかろうか。


実は、富良野から北へ向かう場合、ルートは大まかに言って日本海側ルートと、オホーツク海側ルートの二つしかない。どちらも海岸線を走る道だ。我々はここで日本海側に出るルートを選択したワケだが、このルートを使い、かつユースホステルに泊まる事を前提とすると、ひとつ問題があるのだ。それは、日本最北端、宗谷岬までの間にあるユースホステルの数と、その位置である。

なんと富良野と宗谷岬の間に、ユースは三つしかないのだ。宗谷岬まで約150キロの羽幌にある、「羽幌遊歩YH」。後の二つは、宗谷岬まで約20キロの稚内にある「稚内YH」と「稚内モシリパYH」なのだ。その距離差、約130キロ。

理想は稚内まで行ってしまう事だが、富良野から稚内までは、直線距離でも300キロはある。平均時速100キロでいけば約3時間! 北海道であれば可能とも思えてしまうのだが、実際にはまず不可能だ。かといって、羽幌遊歩YHでは逆に近すぎて、のんびり流しても4時には着いてしまうだろう。かつ、翌日に宗谷岬までまず150キロ走らなければならないというのも、その後の予定を考えるとちとキツイ。

結論として、ユースホステル以外の所に泊まるしかない、という事になる。候補としてはライダーハウスや徒歩宿等が挙げられるが、それ以外にも選択肢は存在する。キャンプである。この旅行のために、一人用のテントを友人から借りていたのだ。助手席下を潰して、銀マットと寝袋も積んである。これを一度も使わないで北海道を去るというのも如何なものであろうか、という思いがあった。しかし北海道上陸翌日朝の寒さを経験して、その気持ちがかなりグラついているのも、また事実であった(汗)。


だが、今日の最終目的地は昨日の時点で決まっていた。宗谷岬から約70キロ、遠別から少し内陸に入った、天塩川沿いの中川町である。今日はここで、北海道初のキャンプをするつもりなのだ。とはいえ、ただのキャンプではない。

訊くと、彼はすでに羽幌遊歩YHに予約を入れているのだという。予定では午後一には日本海に出て、稚内YHまで辿り着くはずだったのだが、やはり何事も予定通りにはいかないものという事ですね。時間はこの時点で午後3時過ぎ。まだまだ時間はある。昨日であれば、まだ札幌にいた時間なのだ(笑)

ここからは、ワタクシが先を行く。

「じゃあ、また」

と手を振り、大学生と別れた。これから先、また縁があれば会うこともあるだろう。偶然の再会と、直後の別れ。これもまた旅というものか。


そしてまた、日本海沿いの国道232号、通称天売国道に向けて、アクセルを踏んだ。


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2008年4月25日 (金)

2003年北海道の旅。-4日目その1-

自己満足の『旅どう。アーカイブス』、何だかんだと6回目の更新です。

これは2003年、僕がカプチーノを手に入れて、初めて自分のクルマで北海道を一週間旅した記録です。オープンカーで北海道を、思う存分ひた走る! その夢をかなえた瞬間です(笑)。総走行距離は、3,000kmを越えました。

不定期更新ですので、記事の間隔が空いています。もし読んで頂ける方は左の「カテゴリー」から『旅どう。アーカイブス-2003年北海道-』をクリックして頂くと読みやすいです。


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3日目の朝は、霧から始まった。このユースは高台に建っていて、ベランダから広大な畑や山が望めるというのだが、全て霧に隠れてしまい何も見えない。しかしまぁ、雨でないだけマシということか。朝食を食べながらライダー連中と話をすると、皆出発を遅らせるという。

Furanoyh





ユースとカプチ。ガスっていますなぁ。。。


「霧はヤバイですよ。見えないし。何より、雨降ってないのに濡れるってのがイヤですよね。合羽着るのもシャクだし」

成る程、もっともな話である。一昨日まで美瑛に泊まっていたというライダーは、

「朝に自転車を借りて、美瑛をまわったんですよ。霧が凄くてね。帰ってきたら、全身ズブ濡れでした。北海道の霧って、重いんですよ。カラダにまとわりつくような感じで・・・・・・」

フム。しかし、ワタクシはクルマなのである。オープンにさえしなければ、霧だろうがなんだろうがとりあえず濡れることはないのであった。何となく罪悪感(?)を感じながら荷物を積み込む。暖気しながら窓を拭っていると、

「なんか、ちっちゃいけどスゴイ走りそうですね」

と、声をかけてきたヒトが。昨日遅くに到着した、女性ライダーの方だった。完全雨武装で荷物を積み終わったらしい。訊くと、昨日トラブルに見舞われて予定が大幅に狂い、霧だろうが何だろうが遅れを取り戻すつもりなのだという。

「パンクはコワイですよ〜。気を付けて下さいね」

「はぁ・・・・・・」

バイクならまだモノによっては押すこともできそうだが、クルマではそうもいかない。想像しても楽しい事態ではなさそうだ。しかし、できることなら未舗装の林道も走ってみたいとは思っているのだが。


午前8時半、出発。今日の予定コースは「富良野に来たからにはとりあえず[北の国から]ロケ地巡りはせねばなるまい」と、少し戻ることになるが少々ロケ地を巡り、無料の露天風呂「吹上露天の湯」でひとっ風呂浴びて、昼飯を美瑛のジャンボトンカツで喰らおうではないか、そうしようではないか、という観光気分バリバリのナンパコースなのであった。ユースで会った横浜の大学生も、同じようなコースを辿っていくと言っていたので、どこかで会うこともあるかもしれない。

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霧の中を行く。前途多難・・・・・・。


国道237号線、通称「富良野国道」から国道38号線に入り、一路「麓郷の森」を目指す。富良野市のド真ん中を抜けていく事になるのだが、朝も早いせいかスムーズに通過。踏切を渡り、道道544号へ。

ここから、開けた街中から森の中を抜けて行くことになる。この頃になって、陽が差してきた。この分なら、出発を見合わせていた連中も、すぐに出発するだろう。


道道544号は道幅は決して広いとは言えないが、遅いステップワゴンなどをかわしながら気持ち良く走る。森を抜け、ちょっとした町中にでるとすぐに「拾ってきた家」という看板が目に付いた。観光ガイド等でおなじみ、これもロケで実際に使われたものらしい。とりあえず駐車場に滑り込んだ。

だが、ここで一つ告白しておくと。ワタクシ「北の国から」なるドラマを、一回たりとも見たことがないのである。さすがに主要な登場人物程度の知識はあるが、あくまで俳優としての知識であり、物語中の人物としての知識ではない。よって、ストーリー等も一切知識ナシ! と、聞くヒトがヒトならぶん殴られそうな、オキラク天然ミーハー系旅人なのであった。

したがって、何かドラマの中に出てきた有名な建物を見ての感想は、「ああ、パンフレットと同じだ!」という感動しかないのである(爆)。加えてこの「拾ってきた家」は、何と入場料を取るというのだ。

外からでも十分姿を望めるので、ここは写真も撮らずに駐車場をスルーして、本来の目的地、「麓郷の森」へ。ここのメインは「石の家」。見学無料! しかし到着した時にまず感動したのは、前に止まっていたRX-8が、「わ」ナンバーであったということだった(爆)。エイトで北海道ツーリングができるなら、レンタカーも悪くない。高いんだろうけどね。

Isi





「石の家」 まぁとりあえず、ね。



ちょうど開店(?)の9時だった為客も少なく、サッと見学終了。パッと屋根を外して、ザッと出発。やはり観光地では「サッ、パッ、ザッ」の三拍子のヒトとなって行動するのが一番である。

少し戻って道道253号を行く。先行車もなく、快適なオープンドライブ。特に道道298号に入ると、道はまっすぐ、周りは畑か牧場、または草むらで見晴らしも良い。全くモンクないのである。一般道を走っているとはとても思えない速度でかっ飛ばしてしまう。次の目的地は十勝岳! 無料温泉「吹上露天の湯」! そこも「北の国から」のロケ地であるらしいのだが、そんな事はシラナイのである。

道道291号に入る。しかし、道の周りが何も無いだけに、どこで曲がればいいのか非常に分かりづらい。都会では標識があり、それから300メートルくらい先に曲がるところがあるのだが、ここでは標識があるところが即、曲がるところなのである。

Himawari





富良野周辺の景色。
さすがに、ラベンダーは季節ハズレだった。。。



291号からは十勝岳を登る、結構な急勾配。しかも先頭にダンプがいたりして、結構混んでいる。それにしてもクルマが多いと思ったら、今日は休日なのであった。しかも時間も10時を過ぎ、結構良い時間である。実は「吹上露天の湯」に行く前に、十勝岳PAに行こうと思っていた。道内最高所にある温泉には入るつもりはなかったが(そもそも日帰りはやっていないらしい)、PAから十勝岳の勇姿を眺めるのも悪くないと思ったのである。


だがなんと十勝岳PAは大渋滞! そもそもここから先は道が無く、引き返すしかない。だがUターンをするにも一苦労。前は詰まってるわ、後からクルマは続々来るわ、全く始末が悪い。やっとの事でUターンして、「吹上露天の湯」に向かう。見逃したらどうしよう、と内心ビクビクしながら進んでいくと、ちゃんと看板があるのだった。

駐車場(といっても単なる広場)に入ると、どこかで見たようなバイクと人がいる。なんと、ユースで一緒だった横浜の大学生ではないか。隣にクルマを進めて声を掛けると、びっくりしていた。会ったからというよりも、一瞬誰だか分からなかったらしい(クルマもオープンで、帽子&サングラスだったから、当然といえば当然か・・・)。彼はユースを出てからまっすぐこの温泉に来たらしい。これから美瑛をちょっと回って、日本海側に抜けるという。

「本当は、午後一で日本海まで出たかったですけど、ちょっとムリっぽいっすね・・・・・・」

それは彼が昨日から言っていたことだが、既に時間は10時を回っている。ちと無理だろう。これは、昨日からの僕の意見でもあったのだが。彼はもう一風呂浴びてきたという。

「じゃ、またどこかで会いましょう」

という言葉と共に去っていった。


タオルを引っ張り出して、露天風呂へと降りていく。駐車場に泊められているクルマの数に比べると、人の数は思った程ではなかった。女性もいる! もちろん、オコト付きであったが・・・・・・。無料の露天風呂は、基本的には混浴が殆どであるという。女性にはちょっとつらいだろうなぁ。その後も、やってくる女性は何人かいたが、上から眺めるのみで、実際に入ろうとする人はいなかった。

さて、いざ入浴である。が、メチャ熱い! 上と下に二つの湯船があり、上には一人しか入っていなかったので、どうせならゆったり入りたいと上に向かったのである。

Onasen



「吹上露天の湯」全景。
といいつつ、上の湯船は写ってませんな(汗)



「上は源泉が近いからね、熱いだろう」

と、先に入っていた爺さんが笑って言った。実際、少しでも動くと激痛が走る。何とかカラダを湯船に沈めたが、その後身動きができない。つまり、出ようにも出られない(爆)。しかしそんな事も言っていられないので、決意を固めて湯船を飛び出し、下へと向かう。下もかなりの熱さであったが、まだ耐えられる熱さであった。

考えてみれば、北海道初の温泉。温泉が主目的の旅でないにしろ、やはり気持ちがいいのである。(タダだし 笑)


さて、それでは腹も減ってきた事だし、美瑛のジャンボトンカツに向かって出発だ!


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2008年4月 2日 (水)

2003年北海道の旅。-3日目その2-

自己満足の『旅どう。アーカイブス』、先月は更新できませんでした(汗)。

これは2003年、僕がカプチーノを手に入れて、初めて自分のクルマで北海道を一週間旅した記録です。オープンカーで北海道を、思う存分ひた走る! その夢をかなえた瞬間です(笑)。総走行距離は、3,000kmを越えました。

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積丹半島を後にして、国道5号をゆく。余市、小樽を通過。いろいろとココロ惹かれるものがあるのは確かだが、またいつか、必ず来ると誓って通り過ぎる。地図上で約50キロを、1時間半というところで札幌に到着した。

これまでは自然に囲まれた道ばかりを走っていたので、いきなり街中に迷い込んだ子羊、という感じである。基本的に道を走るには「御当地ルール」というものが存在するものだ。その土地の風土により様々なものがあるが、カンタンに言ってしまえば「名古屋は曲がるのに苦労する(なかなか車線変更できない)」「関西人は運転が荒い(ウインカーを出さずに車線変更は当たり前)」「北海道人は雪道でもスピードを落とさない(慣れているから?)」などといった類。多分にウワサに過ぎない、という話しもあるが。。。


果たしてここ札幌にも、道外人を惑わすそのようなルールがあるのだろうか?(冬ではないので、雪道でもスピード〜は除外する)それが、あったのである。街中に入り、まず感じたこと。

・・・・・・道幅広くない?

決して二車線ではないのだ。間違いなく、片側一車線である。だが幅は片側二車線くらいあるのだ。一体何処を走ればいいのか。こういう時は、前を走る地元のクルマについていくべし、ということでついていくと、センターラインに近いところをゆっくりと走って・・・・・・右折してしまった(汗 

気が付けば先頭である。仕方がないので、真ん中辺りをなんとなく走る。後ろのクルマは・・・・・・と見てると、十分抜かせるだけのスキマは開いているのだが、抜かそうとすることもなく、マイカプの後をついてくる。やがて左に寄ったな、と思うと左折してしまった。

後々考えてみると、センターライン側には右折するクルマが、歩道側には路駐のクルマや左折しようとするクルマがいることが多いので、自然広い道路の真ん中を走り、必要な時だけ左右どちらかに寄る、というやり方になるのだ。したがって、この時ワタクシがとった行動こそ、もっとも北海道市街を走るのに適した走行方法だったのではなかろうか。


なぜ一車線がこんなに広いのか、ということに関しては、これも後に判明した。雪対策である。道に積もった雪は、ラッセル車によって道の脇に寄せられ、うずたかく積み上げられる。その為、道幅が広くないと冬にクルマの通るスキマがなくなってしまうのだという。考えてみれば、もっともな話だ。

札幌駅の近くに駐車場を見つけ、市内見物へ繰り出した。なんだか余市、小樽を通過した時の志に反しているんじゃないか? という方もいらっしゃるかもしれないが、それはソレなのである(汗

少し歩くと、やたらとメカメカした札幌駅へと到着する。京都といい札幌といい、自然が豊富な場所には必要以上に人工的な臭いを醸し出す駅がありますな。どこのバカの趣味なんだか・・・・・・。駅を横目に眺めつつ、ちょっと振り返るとビルの間からは雄大な山が望める。やっぱり関東とは違うなぁ。


出発前に親父からもらった「札幌お楽しみMAP」といういかにもアヤシげな地図を頼りにしてとりあえず歩いていくと、いつの間にか時計台の前に来ていた。ここは言わずと知れた、「日本三大見てガッカリ観光地」の一つであるのだが、さらに輪をかけて、本日は休館日なのであった。(毎週月曜休館日)まぁ、中まで入って見るつもりはなかったのでいいのだが。

時計台から少し戻ったところに、今回の札幌ラーメンの目的地、「龍鳳」がある。実はココ、特に有名な店というわけではない(爆)。ただ会社のヒトが昔札幌に行った時、ここで「ミルクラーメン」なるものを食したというのだ。

なんじゃあミルクラーメンって!? 

というところから、いつの間にかこの店に決定していたのですね。既に二時近くになっていたのだが、店は高校生やらで結構賑わっていた。さてじゃあミルクラーメンを・・・・・・と思ったら、壁のメニューにないではないか。

アタマの中でハテナマークが点滅しつつ、思わず「龍鳳ラーメン」を注文してしまった。実際には別の名前で(正式名称失念)、カウンターに貼り付けてあるメニューにあったのであるが。。。それに気付いたのは既に注文したラーメンが来てからであった(爆)。まぁ、醤油ベースの「龍鳳ラーメン」もかなり旨かった。ボリュームもたっぷりで600円。かなり、オススメであります。

Sapporo Tv Tokei





札幌観光物一覧(笑)


食後はとりあえず大通公園に出てみる。テレビ塔と公園。一応「道100選」らしいのだが・・・・・・特に感想はナシ。その後も旧北海道庁舎等、一通りの札幌見物をするが、まぁそうですか、という感じ。自身の勉強不足もあるのは確かなのですがね(汗

ところで、今日の最終目的地は富良野ということは決めてあるのだが、肝心の泊まる宿がまだ決めていないのであった。大通公園でユースの案内をめくっていると、目に付いたのが「ふらのYH」。収容人数15名という、こぢんまりした感じが気に入って電話をしてみたのが午後3時半(!)。普通に考えればかなり絶望的な時間であるのだが、奇跡的にOKだった。しかし、

「ただですね、今日は夕食がない日なんですよ。食事はどこかで済ませてきて下さいね」

「え・・・・・・」

このユースに決めた理由がもう一つあった。それは、朝食と夕食が無料だということ! それがアッというまに霧散した(泣 (後で調べたところによると、このユースの料理が絶品らしい。重ね重ね残念・・・・・・)

しかしまぁ、泊まれるだけマシか。それに今の時間では、また昨日と同じに夕食の時間に遅れてしまうということもありえる。

「それとですね、地図は何をお持ちですか?」

「? いえ、まぁ、普通にツーリングマップルですけど・・・・・・」

「そうですか・・・・・・」

と、電話の向こうが急にトーンダウンする。一体どうしたというのか?

「皆さん結構ツーリングマップルを頼りにいらっしゃるんですけどね。・・・・・・ソレ、位置が違うんですよ。ですから、気をつけて下さいね」

唖然、というのはこのことか。しかしまぁ、思えば昔から、ガイドの類には裏切られ続けているのだ。

「会員に登録した時に送られてきたガイドもありますけど・・・・・・そっちの方はどうなんですか?」

おおざっぱではあるが、ちょっとした地図が載っている。

「ああ、でしたらそちらを参考にしてください。くれぐれも気をつけて下さいね」

と、何だかよくわからないままに、今夜の宿の予約は完了した。夕食がないとなると、ムリに急ぐ必要もないだろう。六時到着として、札幌から高速を使ったとして1時間半くらいの距離か。もっとも、平均時速約100キロとしてのハナシだが(汗 最悪二時間かかってもいい。・・・・・・とすると、もう一カ所くらいは見物できそうだ。となると、残るは一つ。クラーク博士である。


場所は羊ヶ丘展望台。てっきり市内の真ん中くらいにあるのかと思っていたら、地図の拡大ページからもはみ出してしまいそうな端っこギリギリの位置にあるではないか。市内ということもあり、屋根はクローズのまま出発。札幌市内は碁盤目のようになっていて、交差点も数字で名前が書いてあるので自分が今どのくらいの位置にいるのかが非常にわかりやすい。

そうこうしている内に、羊ヶ丘に到着。中に入ると、平日とは思えないほどにヒトが沢山。ずらりと並んだ自動車の後ろを通っていて気付いたら、ほとんどがレンタカーであるのだ。コルト、マーチ、キューブ、ヴィッツ、ファミリアセダン・・・・・・。特にコルト、マーチの比率が高い。ヴィッツは一番少なく、業界の位置を反転させたようなこの現象はいったいなんだろう? と思わず考えてしまいそうになった。特に北海道で出会ったコルトの8割は(?)、レンタカーであったと言い切ってしまおう(爆)。

Hituji2 Hituji3Kuraku_3





ここらへんは、お約束の写真だらけです(爆)


人が少なければコッソリとクラーク博士とツーショット、というところなのだが、肝心の博士は他の人々との撮影に余念がなく。仕方なく羊などを写真におさめてみる。

羊ヶ丘は様々な実験施設となっているみたいで、羊や畑もその実験の為らしいのだが、これで入場料を500円も取られるのがちょっとシャクといえばシャク。あ、でも札幌ドームも見えたしなぁ(?)。


時刻は午後4時を少しまわったところ。結局、羊ヶ丘には15分程度しかいなかったということになる(汗)。いよいよ、富良野への移動である。札幌ドームの横を通り、一気に北海道初の高速道路、道央道へ。大谷地ICから乗り、ここで300円を支払う。札幌Jctを経由し、三笠ICで高速を降りる。通行料は1000円。距離にして、約50キロ。これを約30分できてしまった。さて、平均時速はいくらでしょう!?(爆)

三笠のホクレンで給油すると、なんとタマゴ(L)を1パックくれるという。

「オレはタマゴもいいけどハタの方がいいんだけどな・・・・・・」

とはいえず、とりあえず笑って受け取る。まさか夕飯の代わりにはならんだろうし・・・・・・困ったもんだ。

タマゴはさておき、これからは下道の旅。県道116号から国道452号を経由し、県道135号へと向かう。県道135にたどり着けば、富良野はすぐそこだ。距離にして、約50キロというところか。時間は午後5時になろうとしており、少しずつ辺りも暗くなってきた。スモールランプを点灯し、先を急ぐ。昨日の経験からして、6時には日が落ちてしまう。なんとか暗くなる前に、ユースに着きたい(言ってる事とやってる事がバラバラだとかは言わないように 汗)。


国道452号は夕張国道とも言われ、よく整備された森の中を走る、景観の良い道。加えて、自分の他にクルマがいないとなれば・・・・・・こりゃ、トバすっきゃないっしょ♪(爆) 実際時間がよかったのか、富良野方面に向かう我が道にはいけどもいけども他のクルマというものが走っていない。道も緩やかな登り坂で、4速〜5速の高速コーナーの連続。快調に飛ばしまくり、6時前には「ふらのYH」に着く事ができた。

実際に着いてからツーリングマップルに載っている位置と見比べてみると、500メートルくらい位置が違っている。もはや道1本とかいった次元ではない。一体どうなっているのだろう?
夕食は市内の食堂で済まして、部屋で同室のライダー達と歓談。

このユースはログハウス風で、建てたばかりのようで建材の匂いが鼻につく。部屋はロフトと合わせて7人部屋だったが、二段ベッドではなく一応個別のベッドになっている。しかし、シーツの下を覗いてビックリ。普通のコンクリートブロックがベッドを支えている。まぁある意味、オシャレとも言えなくもない(?)。ちなみに、スタンドでもらったタマゴはペアレントさんに差し上げた(笑)。


7人部屋に、本日は5人。内3人はライダー。もうかなり北海道を回っている人がいて、これから向かおうとしている稚内、宗谷岬方面の情報をいろいろ訊く。もう一人はやたら訛っているなと思ったら、なんと九州からずっと下道を通って、北海道へ来たのだという。

「いぎはぁ、太平洋側をずぅっとぎたんですよ。んで帰りは日本海側をね、いごうと考えでるんです」
(※方言はかなりテキトーです 笑)

もともと家が九州であるというから、自然と日本一周になってしまうというわけだ。非常に効率の良いハナシである(?)。

もう一人は今日北海道に上陸したという大学生。話していると、なんと横浜在住でかなりワタクシと近いところに住んでいるらしい。これから行こうとするルートもかなり似通っているので、明日のルートに関して色々と相談する。

「旅行にもいろいろあると思うけど、大きく分けて二種類ある。どこに行って何をしたか、という事を目的にするものと、どこの、どんな道を通って目的地に辿り着いたかを目的にする旅行なんだ。オレは後者を目的にしてるから、やっぱり走って楽しい道を通りたいね」

ちょっとカッコつけすぎかな、と思いながらワタクシが言うと、彼は言った。

「ライダーと同じ事をいいますね」

何気ない言葉であったが、何故か嬉しい一言だった。


食堂へ移動して計画を練っていると、何となく人が集まりはじめ、置いてある紅茶やコーヒーがいれられ、自然に話題が広がっていく。北海道2日目の夜は、こんな感じで更けていった。


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2008年2月29日 (金)

2003年北海道の旅。-3日目その1-

自己満足の『旅どう。アーカイブス』、今回は早めの更新です。

これは2003年、僕がカプチーノを手に入れて、初めて自分のクルマで北海道を一週間旅した記録です。オープンカーで北海道を、思う存分ひた走る! その夢をかなえた瞬間です(笑)。総走行距離は、3,000kmを越えました。

不定期更新ですので、記事の間隔が空いています。もし読んで頂ける方は左の「カテゴリー」から『旅どう。アーカイブス-2003年北海道-』をクリックして頂くと読みやすいです。


1日目はコチラ。2日目その1はコチラ。その2はコチラ

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北海道は寒い。朝、目が覚めて思ったのがまずそれだった。本日も快晴。朝露にしっとりと濡れた元グラウンドを散歩する。昨日到着した時はもう暗くなっていて、辺りの様子はサッパリだったので、初めてユースの全体を見ることができたのだ。昨夜、テキトーなトコロに止めたカプチも、何とか邪魔にならなそうな場所に収まっていた(笑)。

Nisekoyh2





元校庭より、ユース全景。
のどかな雰囲気。   




Nisekoyh






カプチとユース。ちなみに、ここが止めた場所ではない(汗)



朝食後荷物をまとめて、職員室ならぬ食堂で記念撮影。荷物を積み、屋根を開けて出発! 今日の予定は日本海側に出て積丹半島、神威岬をまわり、札幌に突入。そこでサッポロラーメンを食し、富良野まで行くつもり。かなりの距離であるが、今回の旅行では、小樽などの観光地をまわるつもりが全くない(笑)ため、何とかなるだろうと考える。


道道66号に戻ると、道端を学生服姿の少年が行く。なるほど、今日は飛び石連休の狭間、平日であるのだ。ユースにいると、曜日の感覚を失ってしまいそうになる。皆旅人で、曜日など気にしていないからだ。

道道66号は、そのまま「ニセコパノラマライン」へとつながる。登り坂とカーブの連続。しかし快調、快適なることこの上なし。何台かを追い越してさらに加速しようとした時、前の道路を何かが横切り、急停止。初遭遇、キタキツネである。感動して写真を一枚。この時はヤツらの本性を知らなかったので、単純に感動してしまったのだ。後で後悔するとも知らず・・・・・・。

Youtei3





朝の羊蹄山。爽やかである。 




途中で神仙沼レストハウスに立ち寄る。休憩にはまだ早いが、少し歩くと見晴台があるのだ。日本海を見るのは二年振りだろうか。この前に見たのは、前の車、パルサーで車中泊旅行をしている時だった。道は下りに変わり、ペースも自然と速くなる。アッという間に66号終点の地、岩内へ到着。ここからは、日本海を左手に海岸線を進むことになる。

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ニセコパノラマラインより、日本海を望む。



国道229号線を北へ、神威岬を目指す。右は断崖絶壁、左は低い柵の海岸線。まったくもってスリル満点(汗)。いくつものトンネルを通過していくが、そこかしこで工事をしていて、ことあるごとにストップさせられるのにはまいった。手前100メートルくらいに一人立っていて、[徐行]と書かれた旗を笛と共に上げたり下げたり、あるいは広げたり閉じたり。大変な仕事でお疲れさま、とは思うが、恨み言の一つも言いたくなるのはカンベンして頂きたい。

しかも、である。青空が広がり、陽も差しているというのに、なんで所々で雨が降っているんだ? いや、大した雨ではない。オープンにしていても、走っていれば全然問題ないレベルではある・・・・・・って、だから、工事で止められるんだってば(泣)。雨がポツポツ降る中を、フルオープンで待たされる事以上に、恥ずかしいモノはないですね。幸い雨は長続きする事なくすぐ上がった。・・・・・・なるほど、これが「狐の嫁入り」というヤツか!(違)


神威岬に到着すると、ロードスターがオープンで止まっていたので、思わずその隣に止めてしまった。しかしこのロードスター、やたらとドロドロになっている。一体どんなところを走ってきたのか。

岬の突端まで歩いて行けるのだが、駐車場から徒歩20分。しかしせっかく来たのであるから、と気合いを入れて歩き出す。

20分後、突端に到着。海の美しさ、広がる水平線。何も言うコトなし。写真を撮ろうとリュックを降ろして中を探っていると、フト、誰かの視線を感じた。横に視線を向けると、いつの間に来たのか一匹のキツネがじっと、逃げる素振りもなくリュックを覗き込んでいる。しばらく眺めていると、何もくれないと理解したのかちょっと僕と視線を交わし、スタスタと他の観光客のところにいってしまった。

か、可愛くねぇっ!! 人に慣れたキタキツネなんてキツネじゃねえ!!(?)

Kamui2 Nyunin_2



神威岬にて。看板&入り口。

何故に女人禁制だったのかは・・・忘れた(汗)


Kitsune2





可愛くないキツネ。
もっと自尊心を持て、と言いたい。




どうやら神威岬のキツネは結構名物(?)になっているようで、よくよく見るとあちこちに寝ころんでいました。しかしこのキツネ達はエキノコックスという寄生虫を持っているそうで、触れるのはキケンらしい。ま、僕にとっては触る気もナシ、あげられるようなものもナシなので、とりあえずキツネにはもう構わない事にする。


神威岬を後にして、積丹岬へ。ここでは島武意海岸を歩く。エメラルドブルー、というのはこのような色の事をいうのだろう。海の色、というとまず南の島を思い浮かべてしまうが、北だって海は美しいのだ。

Sima





島武意海岸。写真が小さいとなかなか伝わらないだろうな・・・・・・。




積丹半島には道沿いにウニ丼屋が並ぶ界隈がある。北海道でホンモノのウニ丼を食すのはこの旅行の目的の一つであるが、ここでウニ丼を食してしまうと、サッポロラーメンが食えなくなってしまうかもしれない。ウニ丼はどこでも食べられるかもしれないが、本当のサッポロラーメンはやはり札幌で食わねばなるまい。と、オトコは一路、札幌を目指すのであった。

時刻は11時半、今日の最終目的地、富良野までは約、200キロ・・・・・・(汗)

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2008年2月21日 (木)

2003年北海道の旅。-2日目その2-

自己満足の『旅どう。アーカイブス』、やっと三回目です(爆)。当初は月一でやろうと思っていたのですが……。

これは2003年、僕がカプチーノを手に入れて、初めて自分のクルマで北海道を一週間旅した記録です。オープンカーで北海道を、思う存分ひた走る! その夢をかなえた瞬間です(笑)。総走行距離は、3,000kmを越えました。

不定期更新ですので、記事の間隔が空いています。もし読んで頂ける方は左の「カテゴリー」から『旅どう。アーカイブス-2003年北海道-』をクリックして頂くと読みやすいです。


ちなみに1日目はコチラ。2日目その1はコチラ

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フェリーターミナルから国道36号に出て、左に曲がった瞬間、反対車線を赤のカプチーノが! 挨拶も何もできなかったが、何となく歓迎されたような気分になる。国道36号は片側4車線(!)。右折して国道276号(樽前国道)に入り、支笏湖を目指す。

この道は森の中を走る緩やかな坂道。少し前であれば朝一で苫小牧に着くフェリーがあり、上陸後の早朝に走って気持ちいい! とツーリング系HPでは絶賛の道であったのだが、いかんせんこの時は午後、しかも日曜とあって交通量が多く、なかなか気持ち良く自分のペースで走る、というワケにはいかなかった。

Rute2762






国道276号線をゆく。
青空と森林が出迎えてくれた。



それでもまぁそれなりのペースで走り、かつオープンであれば文句はないのだ。快調に追い越しなどをしつつ走っていると・・・・・・早速、道を間違える(爆)。曲がる信号を一つ間違えて、国道453号に入ってしまったのだ。この道は支笏湖畔を北へ走る道。気持ちはいいが道のすぐ側がホントに湖なので、少々コワイ(汗)。

支笏湖の一番栄えているトコロには有料駐車場しかなかったのだが、この道沿いにはいくつかエスケープゾーンがあり、駐車場代わりに賑わっている。その一つを利用してUターンし、とっとと本来の道、国道276号に戻るのである。こちらも支笏湖畔なのだが、森に遮られてしまって湖の姿は殆ど見えない。湖畔を過ぎ美笛峠を越えると、道の駅「フォーレスト276大滝」がある。時間はもう3時半近くになっており、昼飯を食べていないので道の駅で昼飯にする事にする。


デカデカと「きのこ王国」などというような看板がでており、そこが道の駅かと思ったら、実は違うのであった。いや、一応同じ敷地内にあるのだが。一杯100円のきのこ汁と300円のおにぎり二つを昼食代わりにする。それと、北海道初のソフトクリーム。この道の駅の見所として、1億円を使って建てられたピアノ付きのトイレがあるのだが、妙に混んでいたので行く気を失った。

Kinoko






一杯100円、
きのこ汁&おにぎり。



さっきからやたらと時間を気にしているのは何故だろう、と不思議に思われている方もいるかもしれないが、実は北海道初日の宿だけは、横浜から予約をしていたのである。その場所は「ニセコ高原ユースホステル」距離にしてここから約60キロ(汗)。出発時間を13時半として計算した場所なのであるが、始めに1時間、道を間違えて30分のロスをしている。そのおかげで、少々計画が狂った。

当初の予定だと、支笏湖は元々パッと見るだけであったのだが、洞爺湖で昭和新山や、有珠山の噴火跡などを見学しようと思っていたのである。しかし、このペースだとまっすぐ一直線にユースに向かわなければいけなくなってしまった。昭和新山ユース辺りにしておけばよかったのだが、後のまつりである。


しかし、泣き言を言っていても始まらない。国道453号線をひた走り、洞爺湖に到着。昭和新山と有珠山を横目に見ながら、ここで北海道1回目の給油。本当なら、旗がもらえるという「ホクレン」で給油したかったのであるが、さすがに燃料残量が一目盛りを切って、ビビってしまった。

洞爺湖畔は緑に覆われ、ここでノンビリ過ごせば癒されるだろうなぁ、と思ってしまう。しかし目的地はまだ遠い。しかしこのまま何もせずに洞爺湖を通り過ぎるのも如何なものであろうか、と思いつつ、ソフトクリームで有名な「レイクヒル・ファーム」を通過。このまままっすぐ行ってもいいのであるが、ちょっと思いついて進路を右手に変更。武四郎坂PAを目指すことにした。

洞爺湖や有珠山が一手に展望できるというのであるが、木々の成長めざましく、湖の展望はイマイチ。山もちょっと霞んでしまっていた。本当にちょっとした休憩所程度の目立たないPAであるのだが、僕が来た後から何台か大きな観光バスが入ってきた。上り坂で先行されてはたまらないので、慌てて出発。この時点で既に17時をまわっていた、という事もあるが・・・・・・。

Takesiro






武四郎坂PA。
もっと冬になった方が見晴らしがいいかも。




国道230号を北上し、羊蹄山を正面に見ながらニセコを目指す。道道66号から道道97号へ入ると、左右への分かれ道。羊蹄山を囲んで道が伸びているのだ。右が道道97号、左が道道66号。目指すユースは左にある。

ちょうど信号にひっかかり、僕は考えた。ユースには、到着は18時として予約を入れてある。この時点で時刻は17時半。まっすぐ向かえば丁度いいくらいの時間に着けるだろう。しかし、僕にはもう一つ、行きたい場所があった。「日本名水100選」にも名を連ねている、噴出公園に行き、羊蹄山の湧き水を飲みたい! ただそこに行くには、ユースとは全くの反対側、つまり右に曲がらなければいけないのである。

Youtei










羊蹄山を正面にひた走る。
 



右か? 左か? 信号が青になった瞬間、僕はウインカーレバーを下に弾いていた。(注:方向指示は、交差点の手前30メートルから出しましょう)


道道97号をぶっ飛ばす! 交通量が殆ど無く、信号もないおかげで、何とか暗くなる前に噴出公園に着く事ができた。この時の為に、家から2リットルのペットボトルまで持ってきたのである。

もう暗くなりかけているにも関わらず人出は多く、皆大きなポリタンクを台車に載せて運んでいる。そんな中で、ペットボトルを抱えて行くのはちょっと気恥ずかしいものがあったが、そんなものにマケズ、無事にペットボトルを満タンに。すぐに曇ってくる。ちょうど空になっていた500ミリのペットボトルにも入れて、早速一口。本当に冷たく、クセも無く美味しい。しばらくはコンビニによって飲み物を買う必要もなさそうだ。

Water





噴出公園、羊蹄山の湧き水。
絶品である。


時刻も六時に近くなると、さすがに辺りも暗くなり寒くなってくる。屋根をつけていると、携帯がなった。誰だ? と思いつつ出てみると、なんと予約したユースからなのであった。

「そろそろ食事の時間なんですが、いまどちらにいらっしゃいますか?」

遅れるなら遅れるで電話でもしておけばよかったのだが、それをすっかり忘れていたのだ。非礼をわび、慌てて出発。行き以上のペースで飛ばす(!)が、辺りはすっかり暗くなり、いつもは明るすぎると感じるくらいのライトも頼りない。先ほどの運命の分かれ道を通過し、道の駅「ニセコビューティープラザ」を通過。気球をあげようとしていたようで、時々炎が辺りを美しく照らしていたのだが、今はゆっくり眺めている余裕はないのであった(汗)。


ユースに着いたのは18時10分(!)。宿泊の手続きもそこそこに、まずは食事である。食堂に入ると、食卓には3人しかいないではないか。台湾から来ている夫婦、謝(シェ)さん(旦那)と祭(サイ)さん(嫁)、それに東京からカブで来た、という金子さん。この人はある日、フト思いついて12年勤めた会社を辞め、その足でバイク屋に行って50ccのカブを購入し(ついでに乗り方も教わり)、住んでたところも引き払って北海道に来たのだという。

「だからネ、僕は今、住所不定、無職なんですヨ」

と明るく笑っていうのである。どうにも豪快な人生ではある。僕には真似できないだろうし、今は、真似したいとは思わないけど・・・・・・いつか、同じような事を思ってしまうような時が来るかもしれない。

失業保険を受け取る為に、しばらくしたら東京に戻るよ、という。それからはまた考える、と。いずれにしても、頑張って頂きたい。


謝、祭さん夫妻は一般的な旅行者。祭さんが少し日本語ができるのだが、基本的には単語を並べたブロークンイングリッシュで会話。アジア人同士ならば、僕の英語もなんとか通じる。これは、過去の中国旅行で実証済みだ(笑)

食事には、イクラ丼がついていた。これは期間限定のサービスであるというのだが、正直言うと僕はウニは大好きだがイクラはダメなのである。噛んだ時に弾けて、口の中に広がる生臭い臭い・・・・・・。しかし、食べられない、ということではない。せっかく北海道に来たことだし、ここは食べるしかない! と思い切って口に含むと・・・・・・少しも、生臭くないのだ。醤油に漬けてあったということもあるのかもしれないが、まったく臭くなく、弾けた時の感触がたまらない。

・・・・・・そうか、
これが北海道パワーか!(違)

それはともかくとして、実はワタクシ、ユースに泊まるのは人生初なのであった。それなのに時間に遅れんなヨ、と自戒を込めてつくづく思うのであるが、ユースに対する知識が全くなかったワケではない。

知識の元は漫画「サイクル野郎」(庄司としお:著)なのであるが、いかんせん1970年代の知識ではかなりズレが生じていたようだ。その一つが、このユースの建物であった。

ユースと言えば、近代的なホテルのような外観を想像していたのであるが、ここはかつての小学校を利用したもの。部屋は教室、食堂は職員室だったといい、いまでも体育館には校章の入った緞帳が残っている。

また、食後の食器は自分達で洗わなければならない、と思っていたが、セルフサービスで下げるのみで、洗わなくてもよい。洗濯機も乾燥機もあるし、やはり時代は変化しているのだ。

Taiiku






元体育館。かつてはここで入学式
や、卒業式が行われていたのだ。




食後、やっとこさ宿泊の手続き。

「イーヨーの部屋の空いてるベッドにどうぞ」

おお、「空いてるベッドにどうぞ」というのはマンガと同じだ! と勝手に感動していたが、

「あの・・・・・・[イーヨー]って?」

てっきり「Eの4」かと思ったら、

「ドアにですね、[イーヨー]ってロバの絵が書いた札がありますから。そこです」

なるほど、このユースは「ニセコ高原ユースホステル」なのだが、副題(?)で「プーハウス」という名前があるのだ。つまり、「くまのプーさん」である。「イーヨー」とはそのプーさんにでてくるロバの名前らしい・・・・・・のだが、正直言ってよく分からない(汗)。

しかしよく考えると、僕のカプチの後ろには、旅の友としてそのものズバリ「プーさん(飛行士仕様)」が鎮座ましましている。これは偶然とはいえ、やはり縁があったのではあるまいか・・・・・・。そういえば、このユースのペアレントさんも、姿格好がなんとなくプーさんに似ている・・・・・・。などとバカな事を考えていたら、21時から「ミーティング」の時間だという。

「サイクル野郎」では皆で歌ったりゲームをしたり・・・・・・という具合であったのだが、現在このユースに泊まっているのはたったの四人。一体どうするのか、と思ったら、プーさんならぬペアレントさんの「アコーディオンリサイタル」なのであった。聞けば、「北海道アコーディオン協会」の会長も務めているのだという。

Akodion









アコーディオンの調べが
空気を震わす・・・・・・。





クラシックな曲から宮崎映画の曲まで、澄んだ空気を穏やかに震わせる、どこか懐かしい音色。蛍光灯でない暖かな光の中で、北海道上陸初日の夜は過ぎていった。

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