2003年北海道の旅。-4日目その2-
自己満足の『旅どう。アーカイブス』、7回目の更新です。
これは2003年、僕がカプチーノを手に入れて、初めて自分のクルマで北海道を一週間旅した記録です。オープンカーで北海道を、思う存分ひた走る! その夢をかなえた瞬間です(笑)。総走行距離は、3,000kmを越えました。
不定期更新ですので、記事の間隔が空いています。もし読んで頂ける方は左の「カテゴリー」から『旅どう。アーカイブス-2003年北海道-』をクリックして頂くと読みやすいです。
1日目はコチラ。2日目その1はコチラ。その2はコチラ。3日目その1はコチラ。3日目その2はコチラ。4日目その1はコチラ。
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実はマイカプはオープン全開で止めてあったのだが(さすがにロック類は全てしてましたよ)、特にイタズラされる事もなく無事であった。この旅行の為にヤフオクで5000円(!)レーダーを購入していたのであるが、オープン停車時を考慮してダッシュボードに固定はせず助手席サンバイザーに挟み込んでいた。停車時はグローブボックスにしまおう、というハラであったのであるが、結局最後まで一度もしまわれることはなかった(爆)。
道道966号をずいっと下っていく。横には十勝岳の雄大な景色! 天気も良くてクルマも少なく、文句ない文句ない。峠を下り終えると、道はまた、川沿いを進む見通しのいい直線道路になる。対向車がかなり先から見えてくる。
十勝岳の雄大な景色を御覧あれ!
ところで、北海道で追い越しをかける時は、対向車が見えたらもう諦めた方がいい。お互いに相当なスピードで突っ込んできているから、思った以上に早くすれ違う事になるのだ。都会ではデイタイムのライトオン運動にはかなり非協力的なワタクシであったのだが、ここでは積極的にライトを付ける。ライトで互いの距離を測るのだ。これが結構有効な手段なのである。特にカプチは小さいから、少しでも目立たないとヘタをすれば命にかかわる(汗)。
時間が経つにつれて気温も上がり、オープンが非常に気持ち良し。だがダンプ等の大型車とすれ違う時には、注意をしないと帽子をふっ飛ばされそうになる。車体そのものもブワッと後方に引かれるような力を感じ、つくづくオソロシイ。なので、大型車とすれ違う時には右手でアタマを押さえ、左手でステアリングを押さえ込む、という考えようによってはかなりアブナイ走行なのであった(汗)。
966号線を突き当たりまでいったところが、美瑛町の中心街である。とりあえず、駅を目指す。というのは、美瑛といえば丘巡りである。CM撮影で使われた有名な樹や丘がいくつもあるのだ。だが、ワタクシの世代ではそんなCM見たこと無いのである(70年代がメインだから当然だ)。「ケンとメリーの樹」とか、「セブンスターの樹」とか、「マイルドセブンの丘」とかいわれたって、わかんねーよ!(逆ギレ)
でもまぁ有名らしいし、気持ちよさそうだから見に行くのだ(爆)。
しかし、ツーリングマップルでは正確な位置がよく分からない。そこで観光センターがあるという駅前に行って、ガイドを手に入れようというのである。美瑛の街中に入ると、何となく違和感を感じる。久しぶりに見る信号のせいかな、と思っていたが、どうも違うようだ。道幅がやたらと広いのは、札幌と同じ。しかし・・・・・・建物だ。建物が皆、低いのである。そして新しい。生活感がない。観光地化された別荘地と言ってしまったら言い過ぎだろうか。ビシッと区画整理をされた碁盤目の中に、同じようなカタチの背の低い、生活感のないメルヘン調の建物が並んでいるのは、自分にとってはある意味ブキミにも感じられた。これは、人によっても感覚が違うところではあろうが・・・・・・。背が低い分、空が広いのはいいのだが。
美瑛駅。なんとなく、メルヘンチック?
観光センターでガイドをゲットしたら、次はいよいよジャンボトンカツである。正式名称「富川食堂」のトンカツ定食。ツーリングマップルで見る限り、駅前から伸びるメインストリートに面している・・・・・・ように見えるが、実は全然違う場所にあった(爆)。ガイドの裏に、美瑛のグルメマップが載っていたから助かった。これがなかったら、かなり見つけるのに苦労しただろう。件の「富川食堂」は、見た目は普通の民家であった。暖簾がかかっているので、辛うじてここが「食堂」であると分かる。
カプチは店の前に止め、中に入ると客は一人しかいない。時間は、もうお昼時でいい時間なのだが・・・・・・。その客もツーリストらしく、地図を眺めながらの食事であった。早速、トンカツ定食700円を注文する。メニュー上で特に「ジャンボ」とか、「ビッグ」とかを主張していない、その控えめなタイドが好ましい。
店は老夫婦二人でやっているようで、特にテレビもラジオもつける事なく、静かに時間が流れていく。そんな中で、ワタクシも「北海道新聞」などを広げて、第二次小泉内閣の組閣人事の記事などを眺めながら、眉を意味もなくキリリと引き締めてみたりするのである。
「はい、おまちどおさま〜」
と、おばさんが持ってきたトンカツ定食は、紛う方なく、ジャンボトンカツであった。御飯と味噌汁と漬け物が添えられた、典型的なトンカツ定食である。・・・・・・カツの大きさと、キャベツの量を除けば。
一般的に、カツが大きいと、キャベツの量も多くなる傾向があるようだ。しかし、ワタクシとしては一言言わせて頂きたい。オレは「ジャンボトンカツ」が食べたいのであって、「大量キャベツ」はお呼びではないのである。こう言うと、キャベツ愛好家の方々は言うだろう。
これがジャンボトンカツだ!!!!
「キャベツにはですね、胸焼けを抑える効果があるんですよ。大阪とかの串カツ屋にいってごらんなさい。かならず、付け合わせにキャベツがあるでしょう。ちゃんと意味があるんですよ。スゴイですよね、先人の知恵ってのは。ねっねっね。だから、ジャンボなトンカツに対して大量のキャベツというのはですね、貴方の身体の事を心配したのであってね、それに文句をたれるというのは道義的に如何なるモノであろうかと思うのでありますね」
やかましい。
・・・・・・少々、取り乱してしまった。申し訳ない。
とにかくである。別に残してもいいじゃないか、と思う方もいるかもしれない。しかし、オレの中には「出されたモノは必ず平らげねばならない」という武士道精神(?)が、深く根付いている。だからこそ、小学校の給食も、6年間完食を貫き通したのだ。出されたキャベツは、平らげねばならない。
てなわけで、完食! 致しました。下らない事をつらつら書いてしまったが、とどのつまり言いたかったのは、超オススメって事。美瑛へきたなら「富川食堂」へ。
食後、まずは「ケンとメリーの樹」へと向かう。「ケンとメリー」というのは、昔の「スカイライン」(もちろんクルマのね)のCMに出演した役者の役名であって、「ケンとメリーのスカイライン」というのがキャッチコピーだったのだという。よって、そのCMに使われた樹が、「ケンとメリーの樹」というわけだ。
美瑛でやっと、ラベンダーに遭遇。
しかし、CMを見たことのないワタクシにとっては、そのような樹は刺身のツマに過ぎない。あくまで、このオープンドライブに相応しい風景と道を楽しむことが一番であった。気温は少し暑いくらいに上がり、風もなく、天気は快晴。少し季節は外れているが美しく広がるパッチワークの丘。全く、文句はないのである。「ケンとメリーの樹」「セブンスターの樹」とまわって、もう有名なところはいいかな、という気分になってしまった。後は目的地を目指しつつ、気持ちよくドライブできたらそれでよし。先はまだまだ長く、走りたい道は多い。
ケンとメリーの樹。見た記憶はありますか?
上着を脱いでカプチに乗り込み、美瑛を後にする。サラバ、富良野、美瑛。観光地とはいえ、「北海道」を感じさせる、気持ちのいいところだった。国道237号に出て、旭川を目指す。旭川といえばラーメンが有名であるが、今のジャンボトンカツで満たされた胃には、少々キビシイ。市内は混むであろうし、ギリギリのところで国道12号線に左折する。12号線は神居国道とも呼ばれ、ツーリングマップルには、「速度注意!」と書かれている。確かに道幅も広く街も近いので用心が必要な道路であろう。しかしこの時はかなり渋滞しており、全く警察の心配をする必要などないのであった(泣)
ジリジリと進んでいくと、横に「古潭祭り」の幟が立っている。そう。ここが「神居古潭」だったのである。渓谷で有名なところであり、名前は知っていたのだがどこにあるのかは知らなかった(爆)。幟の通りに今日はお祭りをやっているようで、そのおかげで混んでいたのである。フルオープンでジリジリと進んでいく中、遠目からジロジロと見られるのは正直こっぱずかしかった(汗)。
道央自動車道を横切り、北へ。国道275号に入る。街中を離れ、山へと入っていく。日向と日陰の温度差に震えながら、クルマのいない道をひた走る。途中、道の駅「森と湖の里ほろかない」で休憩を挟み、快調すぎるペースで国道275号から国道239号に。曲がる所は、やはり標識の真下だった(汗)。
国道239号は、今日のメインストリートと言っても過言ではない道。この道を走る事が、今日の目的だったようなものだ(笑)。山の中を進む、ワインディングロード。道幅は広く、また完成したばかりのように整備されていて、工事箇所もほとんどない。そして何より、交通量が殆どない! 本当に、クルマを走らす為にのみ存在しているような、そんな道なのだ。
国道239号に入ってすぐに一台のパジェロを追い越して以来、一台もいなかったクルマだが、走っていくと一台のバイクが前を走っている。まぁ、バイクなら追い越すにも大した苦労はないだろう・・・・・・。そう思いつつ近付いていくと、どこかで見たようなバイクとライダー。そう。例の横浜の大学生であったのだ。パッシングをすると気が付いたようで、お互いに手を挙げて挨拶する。フロントウインドウの上から手が出せるのもオープンならでは。これもまた良いではないか(笑)。しばらく後ろについてランデブー走行をした後、PAで休憩。
「一体なにかと思いました(笑)」
とは彼の言葉。しかしまぁ、昨日の時点である程度同じルートを通ることは知っていたとはいえ、2回も偶然に出会うとは。これは結構スゴいことではなかろうか。
実は、富良野から北へ向かう場合、ルートは大まかに言って日本海側ルートと、オホーツク海側ルートの二つしかない。どちらも海岸線を走る道だ。我々はここで日本海側に出るルートを選択したワケだが、このルートを使い、かつユースホステルに泊まる事を前提とすると、ひとつ問題があるのだ。それは、日本最北端、宗谷岬までの間にあるユースホステルの数と、その位置である。
なんと富良野と宗谷岬の間に、ユースは三つしかないのだ。宗谷岬まで約150キロの羽幌にある、「羽幌遊歩YH」。後の二つは、宗谷岬まで約20キロの稚内にある「稚内YH」と「稚内モシリパYH」なのだ。その距離差、約130キロ。
理想は稚内まで行ってしまう事だが、富良野から稚内までは、直線距離でも300キロはある。平均時速100キロでいけば約3時間! 北海道であれば可能とも思えてしまうのだが、実際にはまず不可能だ。かといって、羽幌遊歩YHでは逆に近すぎて、のんびり流しても4時には着いてしまうだろう。かつ、翌日に宗谷岬までまず150キロ走らなければならないというのも、その後の予定を考えるとちとキツイ。
結論として、ユースホステル以外の所に泊まるしかない、という事になる。候補としてはライダーハウスや徒歩宿等が挙げられるが、それ以外にも選択肢は存在する。キャンプである。この旅行のために、一人用のテントを友人から借りていたのだ。助手席下を潰して、銀マットと寝袋も積んである。これを一度も使わないで北海道を去るというのも如何なものであろうか、という思いがあった。しかし北海道上陸翌日朝の寒さを経験して、その気持ちがかなりグラついているのも、また事実であった(汗)。
だが、今日の最終目的地は昨日の時点で決まっていた。宗谷岬から約70キロ、遠別から少し内陸に入った、天塩川沿いの中川町である。今日はここで、北海道初のキャンプをするつもりなのだ。とはいえ、ただのキャンプではない。
訊くと、彼はすでに羽幌遊歩YHに予約を入れているのだという。予定では午後一には日本海に出て、稚内YHまで辿り着くはずだったのだが、やはり何事も予定通りにはいかないものという事ですね。時間はこの時点で午後3時過ぎ。まだまだ時間はある。昨日であれば、まだ札幌にいた時間なのだ(笑)
ここからは、ワタクシが先を行く。
「じゃあ、また」
と手を振り、大学生と別れた。これから先、また縁があれば会うこともあるだろう。偶然の再会と、直後の別れ。これもまた旅というものか。
そしてまた、日本海沿いの国道232号、通称天売国道に向けて、アクセルを踏んだ。
To Be Continued...... (5日目その1へ)
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